tigerwoods of DSRinc


Professional PHOTOGRAHY
GRAPHIC & WEBSITE DESIGN

DPEからデザインへ

DSRincは1991年に東京目白で設立。1992年に原宿BEAMSのとなりにPHOTOSTAGEというDPE SHOPをオープン(このお店はいまもそのまま残っています。現在の経営はDSRではありません)更にその1年後には千駄ヶ谷にフルデジタルの写真撮影スタジをオープン。当時1画素1万円と言われたデジカメ、EOS1(600万画素)と唯一のデジタル銀塩プリンターFUJI ピクトログラフィーを導入、最新のMACと合わせて約1,200万円もかかった。今だったら600万画素なんて1万円くらいなのに(恐ろしい)

モデル、広告撮影とデザイン

まだデジタルカメラや画像修正が一般的ではなかった時代だったので、原宿周辺の美容室からモデル撮影やHPデザインの仕事が沢山来る様になり、スタジオをもう一つオープンした。スタジオでさばききれない撮影はロケもするようになった。この頃はスタッフ40人くらい。いま人気の美容室AQUAやALESからメイクさんに来てもらって撮影していたのがよかったみたい。メイクでぜんぜん違いますからね。(AQUAの前身であるOPERAの上がDSRの事務所だったのがきっかけ。あの頃は、まさかOPERAがこんな超有名美容室になるとは夢にも思いませんでした。スミマセン)それと商品撮影が劇的に増えた。特に時計などはデジタル処理によりコストが相当押さえられた。時計だけで毎月何百本撮影してた。フィルム写真では出せないイエローゴールドとピンクゴールドの微妙な違いをデジタル処理で合わるサービスが良かった。

雑誌やラジオ

モデルさんや芸能人を1,000人以上撮影した。この頃もう撮影はしたくないとわがままになってた(笑)で、雑誌の仕事やラジオの仕事をしてた。美容室にも出資したり。クリスチャンディオールの仕事をする様になった。そしてタイガー。


TIGER WOODS グリーン横から300mmの望遠レンズで。フィルムのCANON EOS-5  大ギャラリーの中にタイガーと僕だけ。失敗の許されないワンショットでした。何しろタイガーの迫力が凄かった。タイガーと世界の青木とSPの女性と僕。一緒にフェアウエーを歩けたのは夢のようです。タイガーのアイアン。Titleist T-Forged 超かっこよかった。いまもこの影響受けまくってます(笑)タイガーのキャディーバック。ちょっとだけ持ち上げたけど想像以上に重かった。20kgくらいあるんじゃないかな。憧れのキャディーバック。すぐにレプリカを買いました(汗)一番カッコいい。タイガーの笑顔。いいショットでしょ?若いなぁ。

モデルさんの写真撮影からほとんど撤退して、クリスチャンディオールのデザインをやっていた僕のところに突然「タイガーウッズ密着で写真を撮ってもらえませんか」と信じられないようなオファーが!ゴルフ大好き、勿論タイガーも大好きな僕が断る理由はなく、即OK!・・・・・ところがそれからが大変。何しろこの年のタイガーはメジャー3勝して絶好調で世界中のゴルファーがタイガーフィーバーの最中。クライアントとインターナショナルマネジメントは福岡空港にタイガーのための専用滑走路を新たに造り、パトカーなど7台で先導して世界ナンバーワンの男を迎えるとのこと。帰りはフェアウエーからヘリコプターで飛び立つ。こりゃ大変だ。カメラマンは基本僕一人。大丈夫か俺。先輩カメラマンや先生にアドバイスを求めても「いま最も撮影が難しい人」とか「失敗したら切腹もん」とまで言われ、なんのアドバイスも受けられないまま撮影に向かいました。機材はフィルムカメラ。EOS5が2台。カートのタイガーを追いかけるので、28-300のズームレンズ。フィルムはISO100~1600まで合計約100本(足りないくらいだった)親友のMに手伝ってもらって、走ってはモータードライブで連射してフィルム交換という作業を繰り返しました。そして撮影後即プリント。仕上がりを見るまでドキドキでした。
もし映ってなかったら・・・いま考えても恐ろしい。
この日の模様はテレビで放映されました。

タイガーウッズが初めて日本でプレーする。その写真を撮る。いや、世界一の男を撮らせていただける。こんなに光栄な事はありません。この直前には当時人気ナンバーワンのスーパーモデル・ナオミキャンベルにも会ったけど、それとも比較にならない緊張がありました。

そして僕はこの仕事で完全に燃え尽き、原宿のデジタル撮影スタジオを閉めました。
その後は知人からの依頼のみ受けて、あとはデザインや撮影とは全く違う仕事をしてました(今もしてる)スタジオを閉めてからと言うもの10年以上カメラに全く触ってなかったのに、なぜか急に写真熱が・・・そして昨年あたりから撮影の仕事もする様になりました。現場復帰。